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パーソルのCM出演者は誰?

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ウッチャンナンチャンプロフィール

ウッチャンナンチャンについて調べました。

 

ウッチャンナンチャンは、内村光良と南原清隆から成る日本のお笑いコンビ、司会者。通称「ウンナン」「UN」。マセキ芸能社所属。とんねるず、ダウンタウン、B21スペシャルとともに、お笑い第三世代として数えられる。

 

ウッチャンナンチャン
UTCHAN NANCHAN
メンバー 内村光良(ウッチャン)
南原清隆(ナンチャン)
別名 ウンナン、UN
結成年 1984年
事務所 マセキ芸能社
活動時期 1984年 –
師匠 内海桂子好江
出身 お笑いスター誕生!!
影響 ビートたけし笑福亭鶴瓶
出会い 横浜放送映画専門学院
旧コンビ名 おあずけブラザーズ
ウッちゃんナンちゃん
芸種 コント
ネタ作成者 両者
現在の代表番組 スペシャル番組
ザ・イロモネア
過去の代表番組 オールナイトフジ
夕やけニャンニャン
夢で逢えたら
笑っていいとも!
ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!
ウンナンのホントコ!
ウンナンの気分は上々。
炎のチャレンジャー
笑う犬
教科書にのせたい!
同期 出川哲朗
公式サイト マセキ芸能社によるプロフィール
受賞歴
1986年 お笑いスター誕生!! 第7回オープントーナメントサバイバルシリーズ 優勝
1988年 第26回ゴールデン・アロー賞 芸能賞新人賞
1990年 平成元年度第6回浅草芸能大賞 新人賞
1992年 第16回日本アカデミー賞 新人俳優賞・話題賞(俳優として)

 

メンバー

内村光良(うちむら てるよし 1964年7月22日 – )
熊本県人吉市出身。
血液型AB型。
身長169cm、体重66kg。
立ち位置はネタの時は右、司会の時は左(後述参照)。
愛称:「ウッチャン」。

南原清隆(なんばら きよたか 1965年2月13日 – )
香川県高松市出身。
血液型AB型。
身長174cm、体重63kg。
立ち位置はネタの時は左、司会の時は右(後述参照)。
愛称:「ナンチャン」。

来歴・人物

1985年、横浜放送映画専門学院(現日本映画大学)の漫才の講義で一緒に組んだのをきっかけとして、コンビ結成。この時に講師をしていた内海桂子・好江の薦めで、マセキ芸能社所属のタレントとなる。ウンナンを初めて見た好江は、2人の才能を見抜き、「この2人を絶対に逃しちゃダメよ!」と涙ながらに言ったという。お笑いコンビとしては『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)から本格的な活動を始めた。その頃のコンビ名は「おあずけブラザーズ」(おあずけシスターズをもじって命名)であった。 『ショートコント』を流行らせた第一人者でもある。 1987年、専門学校の同期生である出川哲朗、入江雅人らと劇団SHA・LA・LAを結成し、演劇役者としても活動。内村は、脚本と演出も担当した。因みに、長谷川初範が先輩であったことをラジオ等でネタにした事もあった。

1988年に放送開始したフジテレビの深夜番組『夢で逢えたら』で人気に火がつき、1990年代にはとんねるず、ダウンタウンに続き「お笑い第三世代」として、若年層を中心に人気を博した。1989年からは『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)のパーソナリティも担当した( – 1995年)。

1990年、フジテレビ系列『とんねるずのみなさんのおかげです』の休止に伴い、後番組のメインとして2人が抜擢され『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』がスタート。『夢で逢えたら』のテイストを下地にゲストを交えて作りこんだコントで、人気を博す。『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』が半年間の放送を終了し時間帯を土曜夜8時に改め『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』として再出発。時事ネタや人気ドラマ、ミュージシャンを題材としたパロディーコントで高視聴率を得た。

また、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』(日本テレビ系列)は、当時の日本テレビのバラエティー黄金期を支えた中心的な番組の1つで、番組の全盛期である1996年〜1999年まではほとんどの回で視聴率が20%を超えていた時期もあった。そのため、金曜日に東京ドームの巨人戦が組まれていた場合は巨人戦を優先し番組を休止していたが、消化試合の時は番組を優先して放送した。『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円!!』(テレビ朝日系列)もイライラ棒が大人気となり、当時のテレビ朝日の看板番組となるなど、民放各局で人気番組を生み出し、一躍1990年代を代表するお笑いコンビとなる。以後現在に至るまでダウンタウンと並び日本のお笑い界を牽引する存在として第一線で活躍し、後続の芸人たちに多大な影響を与え続けている。

結成10年目となった1995年頃から、お互いの話し合いにより単独での活動も始めるようになる。近年はコンビでのテレビ出演は減少傾向にあり、2019年現在、コンビ名義でのレギュラー番組は存在しておらず、コンビでの仕事は単発特別番組の司会やトークライブなどごく少数に限られている。内村はゴールデンタイムの番組を中心に、南原は昼の帯番組を中心に司会を担う事が増えている。またタレント活動以外でも内村は映画制作、南原は現代狂言やスポーツキャスターなど、二人とも幅広い分野でソロ活動を行なっている。
芸風
コント

若手の頃は、当時普及し始めたコンビニエンスストアやレンタルビデオショップ、おたくなど、80年代後半の若者の生活を中心に据えたコントを得意とし、「都会派コント(シティ派コント)」と評された。そのような評価について、当時メンバーは「俺たち田舎出身なのに(内村は熊本県、南原は香川県出身)」と戸惑っていたが、「田舎出身だからこそ、都会の若者の様子を客観的に観察できた」と自己分析している。

ネタ作りは内村が自分のギャグだけ書いて南原の台詞を部分を適当(「ああ」、「うん」など)にしておき、稽古のときに南原が台詞の部分を作り面白い部分を拾い上げていき徐々にネタにしていく、という手法だった。また、ウンナンがコントや番組で使用したギャグはほとんどが、劇団で一緒だった入江雅人が考えたギャグをパクって使用していたと発言した事がある。その際、出川哲朗も同席していたが、内村曰く、「テッチャンのギャグは面白くなかったからパクらなかった」と茶化しており、実際テレビでは出川の口癖「ヤバイよ」や「チェン(出川だけが使用している内村のあだ名)」をモノマネしている。

なお、漫才については「難しくて出来ない」とのことであり、若手の頃は漫才番組に出演していた際はコントのネタを漫才に置き換えて(現在でいうコント漫才)披露していた。また、南原はM-1グランプリの審査員を担当するなどしている。
「ショートコント」のフォーマットの確立

新人時代は7分〜10分間程度の長尺のコントをやっていたが、ラ・ママ新人コント大会などで交流があったジャドーズの影響で、「短めのコントを連発する」スタイルのネタを多く作成した。そのネタ中では、それぞれのネタの冒頭に「(ショート)コント、○○」と言ってからネタに入るスタイルを用いていた。その後、ウッチャンナンチャンはネタと共に人気を獲得することとなり、「ショートコント」というネタのフォーマットは後の芸人にも多大な影響を与えた。

「短いネタを連発する」という意味で、ショートコントの源流は上記のジャドーズや、パート2の『4コマ漫才』に見ることができるという評価もあるが、渡辺正行は「ショートコント」というフォーマットを名称と共に一般的に認知させたのはウッチャンナンチャンであると評している。また、デビュー当時にラ・ママ新人コント大会で共演していた爆笑問題の太田光は「ウッチャンナンチャンがショートコントをやって流行らせて、そうしたら他の芸人がみんなウッチャンナンチャンの真似(ショートコント)をやり始めた。」と語っている。

「M-1グランプリ2010」において南原が審査員を務めた際には、デビュー当時の映像と共に『「ショートコント」というスタイルを確立し、落語や狂言など芸の真髄を追い求める…』と紹介された。
役割

他のお笑いコンビに比べて、漫才におけるボケとツッコミのような役割がハッキリしないコンビである。『気分は上々』の番組内でインターネット投票により「どちらがボケか?」をファンに決めてもらい、この時は「南原がボケ」という結果になった。しかし、本音は2人ともツッコミになりたい様子だった。自称は、それぞれ内村が「天然」、南原が「ハプニング」。よってボケとツッコミはケースバイケースとされている。逆説的に考察すると、両名とも漫才やフリートークでボケ、ツッコミがこなせる高い技量を持ったオールラウンダーであるとも言える。南原は『ウンナンタイム』で、2人のスタイルを「スイッチ型」であると表現している。

立ち位置に独特のこだわりを持っている。フリートークやネタの際には、「内村が上手(かみて、客から見て右側)、南原が下手(しもて、客から見て左側)」。しかし、番組などで司会を担当する際は「南原が上手、内村が下手」となっている。内村曰く「(テロップが)『ウッチャンナンチャン』と出るので、それに合わせた」とのこと。従って、ネタをほとんどやらない現在ではほとんど後者の立ち位置になっており、その印象が強くなっている。
エピソード
コンビ名

「ウッチャンナンチャン」というコンビ名は、南原の思い付きから命名。最初は「ウッちゃんナンちゃん」表記だった。(『森田一義アワー 笑っていいとも!』で発言)まだコンビ名で迷っていた頃、お笑いスター誕生の番組収録時にコンビ名を変更したい旨を告げると、番組スタッフに「もう『ウッチャンナンチャン』で作ったから(変更できない)」と断られ、そのまま定着してしまった。デビュー前は「ちょうなんず」(2人とも長男だったため)や「かんなビール」(南原の家が大工、内村の家が酒店だったため)、「気合い&楽しく」(『ウリナリ』内で候補として内村が出してきたと南原が暴露)というコンビ名も考えられていた。

1987年10月28日放送分のオールナイトニッポンでは、南原が持参してきたコンビ結成直後のネタ帳に二人が考えた芸名が書かれてあり、内村案の「信用金庫」(女性漫才コンビの非常階段に対抗)、「新撰組」、「ハングリー」。南原案の「おてもやん」(内村が熊本出身だったため)、「UN(ウン)」、「NAU(ナウ)」、「ニキビブラザーズ」、「貧乏&貧相」、「赤尾さんの犬達」、「おあいこポン」、「WA・HA・HA・HA・HA」、「てる坊&きよ坊」が候補となっていた。

母校である日本映画学校に2人で講師として行った時、当時俳優科の生徒だった狩野英孝に「なぜ、ナンチャンウッチャンではなくウッチャンナンチャンなんですか?」と聞かれ、内村が「あいうえお順です。」と答えている。
その他

直接の師弟関係に当たる、いわゆる「師匠」がいるわけではないが、内海桂子・好江は、2人の師匠的な存在である。好江からは「何があっても仕事に穴を開けるな」との教えがあったが、好江の葬儀には2人共仕事の合間をぬって駆け付けた。
専門学校時代に2人が仲良くなったきっかけは、互いに大林宣彦の映画が好きということだで、これが後のコンビ結成に繋がる。『ウンナンの気分は上々。』(TBS)の第1回では、2人の原点の再発見という内容で、大林映画の舞台である尾道への2人旅の模様を放送した。
同じ『ウンナンの気分は上々。』内のタイムカプセルを埋めようという企画で、2人が1年後の自分と相方へのビデオレターを撮り、1年後にタイムカプセルは掘り起こされるはずだったが、それ以来放送されずそのまま番組終了になっている。
専門学校時代は内村は南原を「南原」、南原は内村を「ウッチャン」と呼んでいたが、コンビを組む以上は立場は対等だと考えた南原は「内村」と呼ぶように改めた。
同じお笑い第三世代であるとんねるずとは、『オールナイトフジ』や『夕やけニャンニャン』といった番組で同じレギュラーとして一時期共演していた。
『夢で逢えたら』で共演し、ほぼ同期であるダウンタウンとは(ただし、ダウンタウンは1982年のデビューであり先輩にあたる)、松本人志曰く「戦友」及び「同じ釜の飯を食った仲」と呼ばれる関係。松本曰く「ウンナンが売れてうれしい事はないが、かといって売れなくなるのは嫌」と語っている。さらに、内村もダウンタウンの事を「戦友」と語っている。
デビュー当時は内村が(人見知りで)フリートーク等が苦手であった為、南原が率先して前に出ることが多かった。その為、内村は「ウッチャンナンチャンが売れたのは南原のおかげ」と発言している。ちなみに、内村は(デビュー当時の)自分達と似たような関係性のあるコンビの例としてオードリーを上げている。また、勝俣州和も「世間では 内P等の影響で『ウッチャン=プロデューサー』というイメージかもしれないが、ウッチャンナンチャンの本当のプロデューサーはナンチャン。ウッチャンが今でもテレビの中でプレイヤーとしていられるのはナンチャンのおかげ」と語っている。
内村・南原ともに「お互いの電話番号を知らない」・「楽屋は別じゃないと嫌」等と語るため、一時期明石家さんまなどから「ウンナンは仲が悪い」とネタにされることも多く、現在はコンビとしての競演がほとんど無く一部では「事実上解散状態」と言われることもある。しかし、本人たちは「本当に仲が悪かったらとっくに解散してる。」と語っており、お互いの出演番組等は常にチェックしており、トークライブではお互いに感想を述べたりしている。また、南原の携帯電話に(電話番号を知らないはずの)内村から直接電話がかかってきた際には、「(長女が生まれる時期の)嫁さんに緊急事態が起きて相方である俺に連絡してきたと思った。(直後に始まる)生放送をドタキャンしてでも駆けつけるつもりだった。」と語っている。ちなみに内村が電話をしたのは「松ちゃんが結婚するんだって!」と伝えるためで電話番号はマネージャーに教えてもらったとのこと。。

評価

ダウンタウンの構成作家である高須光聖は、ダウンタウンの世界は「濃い一色」に対してウンナンの世界は「無色透明」と評している。また、「ダウンタウンは企画が彼ららしくないと全然ハマらないけど、ウンナンはどんな企画をふっても上手にさばいてくれるし、ちゃんとハマるから視聴者も安心して観られる。どんな色にも染まる。」と分析している。
お笑い評論家のラリー遠田は、「ウッチャンナンチャンとはどういう芸人なのか?この問いに答えるのは意外と難しい。ウンナンがどういう芸人に見えているかは、受け手の世代によっても大きく変わってくるからだ。(中略)彼らは、自分たちのキャラクターを前面に押し出すよりも、番組の企画に自分たちを合わせていくような形で活動していたため、彼ら自身のイメージをつかむことは難しい。彼らは、時代ごとのニーズに対応しながら、キャリアを積み重ねてきたタイプの芸人なのである。」と分析している。
笑福亭鶴瓶は「ウンナンの笑いって優しいんですよ。攻撃的な笑いが多い中で、優しい笑いを作ってきた2人が中心に出て、今も一線でいるのは必然だと思う。」と評している。また、「僕は誰かとつるむことはあまりないけど、唯一つるむとしたらウンナンの二人。」とも語っている。
『笑いの殿堂』で共演していた爆笑問題は、自身のラジオ番組で「ウッチャンナンチャンほど人間が綺麗な人たちはいない。」と語った。太田は、若い頃嫉妬からウッチャンナンチャンの悪口を言っていたが、「悪口を言ってるのをわかっていても、ウッチャンナンチャンの2人は変わらない接し方をしてくれた。自分が嫌になる。人の悪口言ってるところを見たことない。俺たちは人の悪口や不幸をネタにするが、ウッチャンナンチャンのネタは綺麗。」などと語った。また、デビュー当時の爆笑問題はコントをメインに活動していたが、漫才に転向するきっかけはウッチャンナンチャンであり、「ウッチャンナンチャンがショートコントをやって流行らせて、そうしたら他の芸人がみんなウッチャンナンチャンの真似(ショートコント)をやり始めたから、自分たちはあえて漫才の方に行った。」という。
「お笑い第三世代」の先輩にあたるとんねるずの石橋貴明は、自身が司会を務める「うたばん」にネプチューンが出演した際に「ウッチャンナンチャンは(後輩の育成もちゃんとやって)偉い」と発言している。
多くの番組で競演してきた勝俣州和は「ウンナンって田舎っぺなんですよ。だから、ネタや番組の切り口が田舎者目線になっている。日本人のほとんどって実は田舎っぺでしょ?だから視聴者は(生粋の東京出身である)とんねるずには憧れを持ち、ウンナンには共感したんですよ。」と評しており、これには同席していた出川哲朗も同意している。

主なネタ

素晴らしきEnglishの世界(英語講座)
専門学校の漫才の授業でコンビを組んだ際に初めて作ったネタであり、また、2人が初めてテレビで披露したネタであり「ウッチャンナンチャンのデビュー作」とも呼ばれる。ネタを作ったのは内村で、南原は授業の当日の朝に初見。初披露の際には想像以上に受け、講師であった内海好江から「新しいパターンだ」と絶賛されたという。
マザコン刑事シリーズ
「お笑いスター誕生」内で行っていたコント
卒業
「お笑いスター誕生」内で行っていたコント
ファミリーレストランシリーズ
ウンナン初期の代表作。ウェイター編・ウェイトレス編などの数パターンが存在する。
対決シリーズ 日比谷線VS銀座線
「ファミレス」と同様に代表作のひとつであり、いわゆる「擬人化コント」。後に「ウリナリ」でも披露した。この他にも「大江戸線vs南北線」「山手線 外回りVS内回り」などもある。笑福亭鶴瓶はこのネタが一番好きだと語っている。また、対決シリーズとしては「アメリカ横断ウルトラクイズ(NTV)vs連想ゲーム(NHK)」「VHS vs ベータ」等、鉄道以外にもある。
レンタルビデオショップシリーズ
倉本聰脚本編、山田洋次監督編など数パターン存在する。2016年のインタビューで内村が『自分のコント(コンビのネタ)で一番好きなコントは?』という問いにこのネタを挙げた上で「一番の出世作だと思う」と答えている。
ミニスカート
わずか10秒ほどで終わるショートネタ。複数パターン存在する。タモリはこのネタを「単純だけど、その分テンポと間が難しい」と評した。
タクシードライバー
親友
数パターン存在するショートネタ。後にこのネタをベースしたコントが「笑う犬の冒険」で放送された。
社交辞令を許さない
クイズシリーズ
時の流れシリーズ
手術中
癖について考える
シンデレラエクスプレス

など多数
主な受賞歴

『お笑いスター誕生!!』関連
1985年5月11日 第5回オープントーナメントサバイバルシリーズ 準優勝
1986年1月11日 第6回オープントーナメントサバイバルシリーズ 第3位
1986年7月5日 第7回オープントーナメントサバイバルシリーズ 優勝
1988年 第26回ゴールデン・アロー賞芸能賞 「新人賞」
1990年3月 平成元年度第6回浅草芸能大賞 「新人賞」
1991年 第29回ゴールデン・アロー賞芸能賞
1992年 第16回日本アカデミー賞「新人俳優賞」「話題賞(俳優)」(映画『七人のおたく』で)

出演

ウッチャンナンチャンとしての出演作品を記載。個別での出演作品は内村光良、南原清隆の項目を参照。
現在
テレビ番組

スペシャル番組

改編期や年末年始に不定期放送。

ウンナン極限ネタバトル! ザ・イロモネア 笑わせたら100万円(TBS系、2008年4月 – 2010年3月はレギュラー放送) – MC
全日本歌唱力選手権 歌唱王(日本テレビ系)- MC
新春 鶴瓶大新年会(フジテレビ系) – 正月に放送
NHKスペシャル シリーズ TOKYOアスリート(NHK)- 東京五輪に向け、年数回のシリーズとして放送。MC

過去
テレビ番組

レギュラー番組

お笑いスター誕生!!(1985年5月11日 – 1986年9月20日、日本テレビ系・テレビデビュー)
オールナイトフジ(1985年10月 – 1986年3月、フジテレビ系)
夕やけニャンニャン(1986年10月 – 12月、フジテレビ系)
ここんちプラネッと!(1986年4月 – 9月、テレビ東京)
所さんの勝ったも同然!!(1986年10月 – 11月、日本テレビ系)
DOKI DOKI DO!(1987年10月 – 1988年3月、日本テレビ系)
パオパオチャンネル(1987年10月 – 1989年9月、テレビ朝日系)
笑いの殿堂(1988年7月 – 1989年10月、フジテレビ)
夢で逢えたら(1988年10月 – 1991年11月、フジテレビ系)
デイブレイク(1988年10月 – 1990年3月、中部日本放送)
ギャグ満点(1989年4月 – 1990年3月、TBS系)
お笑いベストヒット(1988年10月 - 1989年3月、TBS系)
森田一義アワー 笑っていいとも!(1988年10月 – 1994年3月、木→火→月→火曜日、フジテレビ系)
笑っていいとも!増刊号
笑っていいとも!特大号
ウッチャンナンチャン(1989年4月 – 1990年3月、日本テレビ系)
どーもデス!(1989年10月 – 1990年5月、テレビ朝日系)
流行笑会・星に願いを!(1990年4月 – 9月、中部日本放送)
ウッチャン・ナンチャン with SHA.LA.LA.(1990年4月 – 1992年6月、日本テレビ系)
ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!(1990年4月 – 9月、フジテレビ系)
ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!(1990年10月 – 1993年6月、フジテレビ系)
夢の中から(1991年12月 – 1992年3月、フジテレビ系)
ウンナン世界征服宣言(1992年10月 – 1995年3月、日本テレビ系)
お茶とUN(1993年10月 – 1994年3月、テレビ朝日系)
ビートたけしのつくり方(1993年10月 – 1994年3月、フジテレビ系)
ゲッパチ!UN アワーありがとやんした!?(1994年4月 – 9月、フジテレビ系)
投稿!特ホウ王国(1994年5月 – 1997年9月、日本テレビ系)
UN FACTORY カボスケ(1995年4月 – 9月、フジテレビ系)
ウッチャンウリウリ!ナンチャンナリナリ!!(1995年5月 – 1996年3月、日本テレビ系)
UN FACTORY ソムリエ(1995年10月 – 1996年3月、フジテレビ系)
ウンナンの桜吹雪は知っている(1995年10月 – 1996年7月、TBS系)
ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円!!(1995年10月 – 2000年3月、テレビ朝日系)
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!(1996年4月 – 2002年3月、日本テレビ系)
ウンナンの気分は上々。→新・ウンナンの気分は上々。(1996年7月 – 2003年9月、TBS系)
天下ごめんネ!!(1996年10月 – 1997年2月、フジテレビ系)
突撃!お笑い風林火山(1997年5月 – 9月、フジテレビ系)
いろもん(1997年10月 – 1998年9月、日本テレビ系)
ウンナンのホントコ!(1998年10月 – 2002年3月、TBS系)
笑う犬(1998年10月 – 2003年12月、フジテレビ系)※コンビでの出演は1999年10月-2003年12月、2008年と2010年には特番が放送
ウッチャきナンチャき(2002年4月 – 2003年2月、TBS系)
ウンナンさん(2003年10月 – 2004年3月、TBS系)
UN街(2004年4月 – 9月、TBS系)
クイズ!日本語王(2005年10月 – 2006年9月、TBS系)
ウンナンのラフな感じで。 (2010年4月 – 8月、TBS系)
教科書にのせたい!(2011年4月 -2012年9月、TBS系 )

単発・スペシャル

FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル(フジテレビ系)
『笑っていいとも!』チームとして出場(1989年秋、1990年春)
『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』チームとして出場(1990年秋 – 1993年春)
『ゲッパチ!UN アワーありがとやんした!?』チームとして出場(1994年春)
FNS27時間テレビ(2001年・2004年・2016年・2017年、フジテレビ系) – コンビで出演しているのは2001年のみ。それ以外はそれぞれピンで出演。
FNS ALLSTARS 27時間笑いの夢列島(2001年7月21日・22日)
FNS27時間テレビ めちゃ2オキてるッ! 楽しくなければテレビじゃないじゃ〜ん!!(2004年7月24日・7月25日)
FNS27時間テレビフェスティバル!(2016年7月23日・7月24日)
FNS27時間テレビ にほんのれきし(2017年9月9日・9月10日)
平成あっぱれ開運祭!!チョー縁起いいTV!(毎年1月1日放送、2002年 – 2005年、日本テレビ系)※タイトルは2005年のもの。
クイズスーパースペシャル(日本テレビ系)
それぞれ『ウンナン世界征服宣言』『投稿!特ホウ王国』『ウッチャンウリウリ!ナンチャンナリナリ!!』『ウリナリ!!』チームとして1993年秋 – 1997年秋、1998年秋 – 1999年秋に参加
スーパースペシャル「ウンナン&マチャミの日本一素敵なサイテー大賞」(不定期、2003年 – 2004年、日本テレビ系)
ウッチャンナンチャンお笑いバトル!(TBS系、2003年 – 2004年)
史上最強の人間ドック ザ・快傑ドクター(TBS系)
「ザ・レジェンド」ウンナンのトークバトル!芸人が偉人の伝説を熱弁!伝説の嵐(2010年4月17日、日本テレビ系)
金曜スーパープライム「帰ってきた 史上最強の億万長者」(2011年5月20日、日本テレビ系)
当初は2011年3月11日に放送予定だったが、東日本大震災に伴う『NNN緊急特番 宮城・茨城沖大地震』のため、放送延期となっていた。
私、あなたのこと芸能界で一番✕✕だと思ってます!(2014年3月29日、フジテレビ系)
笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号(2014年3月31日、フジテレビ系)
ヒルナンデス! (2016年10月21日、日本テレビ)
ウンナン出川バカリの超!休み方改革 (2018年5月4日、フジテレビ)
こんな休日どうですか 内村バカリ南原出川が本気で考えた最高の旅 (2019年6月22日、フジテレビ)

ラジオ番組

ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン(1989年4月 – 1995年4月、ニッポン放送)
ウッチャンナンチャンのラジオな奴ら(1991年3月 – 1992年6月、ニッポン放送)
第19回ラジオ・チャリティー・ミュージックソン(1993年12月24日・25日、ニッポン放送)
ウンナンタイム(2004年10月 – 2007年3月、TBSラジオ)
俺たちのオールナイトニッポン40時間スペシャル内・ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン(2008年2月24日、ニッポン放送)

テレビドラマ

やったぜベイビー! (1986年8月 – 9月、日本テレビ系)
新婚物語 (1988年、日本テレビ系)ゲスト出演
ドラマ23・ウッチャンナンチャンの純愛の街(1989年3月、TBS)
ウッチャンナンチャンのコンビニエンス物語(1990年、テレビ東京)
世にも奇妙な物語「おやじ」(1992年、フジテレビ)
大忠臣蔵(1994年、TBS)
ザ・ワイドショー (1994年1月 – 3月、日本テレビ系)

CM

松下電器産業 『マックロードムービー』 (1989年 – 1990年)
松下電器産業 『れんたろう』(1989年 – 1990年)
松下電器産業 『画王』(1992年)- 鈴木保奈美と共演
松下電器産業 『U1PROシリーズ』
資生堂
森永製菓 『チョコフレーク』
森永製菓 『フレッシュグミ』
森永製菓 『スピン』
日本旅行 『赤い風船』
ニッカウヰスキー 『ラム&ライ コネクション』
アサヒ飲料 『バヤリースオレンジ』
ロート製薬 『パンシロン』
ハドソン『Jリーグ・スーパー・サッカー』(1994年)
ハドソン 『Jリーグスーパーサッカー’95 実況スタジアム』(1995年)
ハドソン 『スーパーパワーリーグ3』(1995年)
ハドソン 『とびだせ!ぱにボン』(1995年)
東洋水産 『マルちゃん麺づくり』
吉野家D&C 『吉野家』
千代田火災(現・あいおいニッセイ同和損害保険)』(2000年)
トヨタ自動車 『マイライン』(2001年)
ケイビー食品 『カップシリーズ』
城南建設 『住宅情報館』
三菱電機 『霧ヶ峰』(1999年 – 2000年)
明治製菓 『きのこの山・たけのこの里』 (2001年 – 2003年)

映画

ボクの女に手を出すな(1986年12月13日公開)
七人のおたく cult seven (1992年12月19日公開)
西遊記(2007年7月14日公開)<沙悟浄役・内村><偽孫悟空役・南原>

舞台・ライブ

劇団SHA LA LA出演(1987年 – 1993年)
TOKYOの放火魔(1988年)
ウッチャンナンチャンライブ「THE BUST」(1989年)
平成元年お笑いベストヒット(1989年)
ウッチャンナンチャンライブ「盆踊りライブ」(1989年)
笑いの殿堂〜自画自賛〜(1989年)
笑いの殿堂〜星降る夜お逢いしましょう〜(1990年)
笑いの殿堂〜1991年謹賀新年〜(1991年)
笑いの殿堂〜WAKE UP URBANIST〜(1991年)
ウッチャンナンチャンライブ「BALLADS まぶしくて君が見えない’91」 (1991年)
ウッチャンナンチャンライブ「01〜ジェットコースターで行こう〜」(1993年)
マセキライブ’98〜お祭り〜(1998年)
ウッチャンナンチャン 21世紀大冒険(2001年)
ウッチャンナンチャントークライブ(2007年~2011年)

ディスコグラフィー

風を受け走る君には怖いものは何もない(UN’z、1994年6月1日)
「UN’z」は、自称「ウンナンの友達」の松木隆(南原清隆)と稲田研二(内村光良)の2人組デュオ。グループ名と名前はロックユニットB’zから来ている。『ゲッパチ!UNアワーありがとやんした!?』の主題歌。
今、僕達にできる事 (オールナイトニッポンパーソナリティーズ)
HAPPY X’mas 〜War is over (ウリナリオールスターズ、1999年2月17日)

プロデュース

今でも……今なら…… (大神いずみ)
妹のように (長女隊)
世界で一番素敵な奇跡 (マセキ里穂)
TWIN TWINブラブラ (メロン組)

書籍

「UN(ウン)」と言える日本―ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン編(ニッポン放送出版 1990年)ISBN 978-4594006150
未・知・子―ウッチャンナンチャンの愛と謎の告白手記(集英社 1990年)ISBN 978-4087801132

 

リセッシュのCM出演者は誰?

リセッシュのCMについて調べました。

 

CMはこちら。

花王 リセッシュ 「先回り消臭」登場篇 CM 内村 光良

花王 リセッシュ 「先回り消臭」飲み会ダッシュ篇 15 CM 内村 光良

出演しているのは「ウッチャンナンチャン」の「内村 光良(うちむら てるよし)」さんと「内浦 純一(うちうら じゅんいち)」です。

ウッチャンナンチャンのプロフィールはこちらです。

内村 光良さんのプロフィールはこちらです。

内浦 純一(うちうら じゅんいち、1975年4月7日 – )は、日本の俳優。富山県富山市出身。富山県立富山商業高等学校、神戸学院大学法学部卒業。enchante所属。身長177cm。血液型B型。



 

 

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内村 光良(うちむら てるよし)さんプロフィール

内村 光良さんについて調べました。

 

内村 光良(うちむら てるよし、1964年〈昭和39年〉7月22日 – )は、日本のお笑いタレント、俳優、司会者、映画監督、作家。お笑いコンビ・ウッチャンナンチャンのネタ作り担当。相方は南原清隆。愛称は「ウッチャン」。熊本県人吉市出身。マセキ芸能社所属。妻は徳永有美。



 

内村 光良
本名 内村 光良
ニックネーム ウッチャン、チェン
生年月日 1964年7月22日(55歳)
出身地 日本の旗 日本 熊本県人吉市
(出生地は同県球磨郡上村〈現・あさぎり町〉)
血液型 AB型
身長 169 cm[1]
言語 日本語
方言 共通語球磨弁
最終学歴 横浜放送映画専門学院
出身 お笑いスター誕生
コンビ名 ウッチャンナンチャン
相方 南原清隆
芸風 コント
立ち位置 右(ネタ)、左(司会)
事務所 マセキ芸能社
活動時期 1985年 –
同期 出川哲朗中山秀征
現在の代表番組 世界の果てまでイッテQ!
スクール革命!
内村さまぁ〜ず
LIFE!〜人生に捧げるコント〜
痛快TV スカッとジャパン
など
過去の代表番組 ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!
ウッチャンナンチャンのウリナリ!!
ウンナンの気分は上々
笑う犬
内村プロデュース
爆笑レッドシアター
など
作品 映画ピーナッツ』『ボクたちの交換日記』『金メダル男
他の活動 俳優映画監督
配偶者 徳永有美
親族 内村宏幸(従兄)
公式サイト マセキ芸能社によるプロフィール
受賞歴
日本アカデミー賞 新人俳優賞・話題賞

 

略歴

熊本県球磨郡あさぎり町に生まれ、あさぎり町立免田小学校に入学。小学4年生の時に人吉市の人吉市立西瀬小学校に転校し、人吉市立第二中学校、熊本県立人吉高等学校を卒業。映画監督を志し横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)演劇科に第9期生として入学。南原清隆、出川哲朗、入江雅人らと出会う。

1985年、漫才の授業をきっかけに南原とコンビを結成。講師をしていた内海桂子・好江の勧めでマセキ芸能社に所属し、『お笑いスター誕生!!』に出演。以後、コントを主体とした芸風で、とんねるず・ダウンタウンらと共に「お笑い第三世代」代表の一角としてバラエティ界をリードした。

『夢で逢えたら』への出演からスタジオコントにこだわるようになり、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』と合わせて様々なキャラクターを演じた。ドキュメント系バラティの『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』では内村の強い要望でコントライブのコーナーを設け、コントブーム終焉後も『笑う犬の生活』や『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』に携わるなど、コントにかける情熱から「最もコントを愛する芸人」とも言われる。

1998年、ポケットビスケッツのメンバーとして『第49回NHK紅白歌合戦』に出場。

1999年、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』の企画「ドーバー海峡横断部」の遠泳リレーでドーバー海峡の横断に成功。後年、「人生で1番キツかった仕事」と語る。

『内村プロデュース』をはじめ、2000年代からピンでの活動が中心となり、『内村さまぁ〜ず』、『世界の果てまでイッテQ!』、『スクール革命!』などは10年以上続く。なお、『内村さまぁ〜ず』は2012年にDVDのリリース本数がギネス記録に認定され、以降も更新中である。

2006年に『ピーナッツ』で映画監督デビューし、2013年に『ボクたちの交換日記』、2016年に『金メダル男』を発表。

2017年からは『内村文化祭』と題した主催ライブを毎年行っている。

2017年『第68回NHK紅白歌合戦』、2018年『第69回NHK紅白歌合戦』で2年連続の総合司会を務める。

2019年、人吉市民栄誉賞を受賞。
人物
身体的特徴

色白で鼻が大きく、度々相方や他の芸人のネタにされる。肌は幼い頃から白く、小学校の頃の担任に「君は色が白いから歌舞伎役者になるといいよ」とアドバイスをもらったことがある。髪型は高校時代から変わっていない。その容姿から、有吉弘行には、『エリンギ』というあだ名を付けられた。

ジャッキー・チェンに似ていることから、ジャッキーに関する以下のエピソードがある。

出川哲朗には専門学校時代から「チェン」と呼ばれ続けている。
内村自身もジャッキーのファンで時折ものまねをしたりしているが、これが縁でジャッキー・チェン本人とは番組などを通じて幾度か共演しており、ジャッキー本人も似ていることを認めている。
『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』では、「ウッチー・チェン」として、デタラメな中国語[注 1]と、内村のボディアクションが特徴であるコントを披露している。
ジャッキー主演の映画『ツイン・ドラゴン』は、雑誌広告でジャッキーが二役で双子を演じるポスターの片方を内村の顔写真に変え、「ジャッキーは、ウッチャンを見てこの映画を思いついた」というコピーを使用していた。
『炎のチャレンジャー』の企画「ジャッキー・チェンになれたら100万円」では、番組司会者ながらも自ら挑戦者として企画に挑戦した[注 2]
高校時代の自主制作映画でジャッキー並のアクションを演じたこともある[注 3]。

趣味・嗜好
映画

小学生の頃に父親が趣味で買った8ミリカメラや映写機に触れ、中学生の時に観た『街の灯』と『ロッキー』の影響で映画にのめり込み、監督を志すようになる。中学の文化祭では映画をモチーフにした劇を上演し、自ら脚本・演出・主演を務めた。高校時代から撮影用の機材を揃えて自主映画を制作・上映するようになり、横浜放送映画専門学院ではぴあフィルムフェスティバルに応募するも落選する。
特に影響を受けた映画として前述の『街の灯』、『ロッキー』に加えて、『卒業』、『小さな恋のメロディ』、『明日に向って撃て!』を不動のベスト5として上げる。他にも、ブルース・リーやジャッキー・チェンなど香港スターによるアクション映画、大林宣彦監督作品の尾道三部作について、随所で熱く語っているのが見られる。
『笑う犬』シリーズでの映画評論コント「ミル姉さん」でも映画への知識と情熱が遺憾なく発揮され、当時は雑誌連載のオファーが殺到した。しかし、当時山ほどレギュラーを抱えていた内村はミル姉さんの姿で「嬉しいけどこれだけで手一杯だから勘弁して…。」と呟いていた。
『燃えよドラゴン』は既に数え切れないほどの回数を観ているが、未だにテレビ放映されるとオンエアで観てしまう。リーのものまねも得意で、『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』の映画パロディでは「テルース・リー」として、『燃えよドラゴン』のパロディで『燃えてるドラゴン』、『ドラゴン怒りの鉄拳』のパロディで『ドラゴン怒りのせっけん』など、映画の予告編風のコントを披露していた。
『ウンナン世界征服宣言』の企画で、日本大学芸術学部の映画学科を目指すことになった。内村は一次試験を通過するも、二次試験の面接で求められた「完全に芸能人をやめて学業に専念する」条件が果たせず、進学は断念している。

音楽・テレビ

好きなアーティストはサザンオールスターズ。『夢で逢えたら』で共演して以来、『ウンナンの気分は上々。』でのライブ出演[注 4]の企画、『ウンナンのホントコ!』や映画『金メダル男』での曲の依頼、桑田佳祐の『白い恋人達』プロモーションビデオや『桑田佳祐の音楽寅さん』出演など、たびたび共演の機会がある。
内村は桑田を「繊細な方」「あんなにスターなのに、全然スターに見えないというか、なにも飾らないし、本当に気さくな方」と評価しており、それを象徴するエピソードとして前述のライブ出演で桑田が興奮して内村を蹴り飛ばし、舞台から突き落とした事を「ずっと謝ろうと思っていた」と感じ、数年後に偶然再会し、初めて一緒に酒を交わした際に、内村に謝っていた事が語られている。なお、内村本人は謝られたことについて「そんなことをずっと気にしていられたなんて」と感じており、突き落とされた事をあまり気にしていなかった。
志穂美悦子の大ファンでファンレターを送ったことがある[注 5]。また、『笑う犬』の時に志穂美本人から手紙と本人の手による「ミル姉さん」の油絵が届き「芸能界にいて良かった」と絶叫したことがある。
Perfumeを気に入っており、舞台『エルダーソルジャーズ』では、Perfumeのコスプレをして振り付けを披露。その直後に行われた『世界の果てまでイッテQ』の企画でも、富士山登頂した際にレギュラーメンバーからDVDやCDなどを差し入れされて、富士山で「ポリリズム」の振り付けを披露した。
2017年に『欅坂46』のファンである事を『世界の果てまでイッテQ』内で告白し、手越祐也に『不協和音』の振りをしているところを見られたエピソードが語られた。自身が主演を務める舞台『東京2/3』ではキレのある『不協和音』を披露し、『第68回NHK紅白歌合戦』では欅坂46と同曲のコラボを披露した。
『連続テレビ小説』のファンで、小学生の頃は『藍より青く』や『鳩子の海』を観るのが日課だった。最近では放送時間が変わった『ゲゲゲの女房』以降は欠かさず観ているという。以前から『連続テレビ小説』への出演を望んでおり、『なつぞら』で「語り」として参加することとなった。また、『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』では度々、『連続テレビ小説』のパロディコントを行っている。
好きなアニメは『あしたのジョー』で、昔の営業のネタでよくモノマネをしていた。
『銀河英雄伝説』の大ファンで、2007年7月14日放送の『SmaSTATION!!』にゲスト出演した際に、「実写で演じてみたいキャラクターは誰?」という質問に対し、他の出演者が適当に答える中で一人はっきりと「ヤン・ウェンリー」と答えた。また、『ウリナリ!!』では『銀英伝』を元ネタにした『銀河放浪伝説』というコントを作り、「ラインテルト」というキャラを演じている。共演の東野幸治は「ヒガシノイス」と言うキャラであった。OVA版でナレーションを務めた屋良有作を起用したうえ、OVA版の衣装を用意し、元ネタのラインハルトの声色とセリフを忠実にマネるという力の入れようだった。
ブームから十数年遅れで『新世紀エヴァンゲリオン』にハマり、南原に呆れられたことがある。

その他

故郷・熊本をこよなく愛し、以前はたまに地元テレビへの出演や地元新聞社への寄稿を行っていた。人吉市限定情報誌『どぅぎゃん』に創刊号から毎年2回[注 6]寄稿している。
好きな食べ物はチャーハン・カツカレー・豆ご飯など。チャーハンには特に目がなく、番組でチャーハンが出てくると目を輝かせて喜ぶ。また、自分の作る料理の中で、唯一自画自賛できるメニューでもある[注 7]。チャーハンが好きな理由として、「御飯と具、そして味の一体感とバランスが絶妙」と語る。またチャーハンと豆ご飯は自分にとってお袋の味とも、『世界の果てまでイッテQ!』で語っている。ただし、何でも美味しいと言ったり、微妙な味の違いがわからないことから、周囲から味オンチだと疑われている。
好きな酒は焼酎。酒屋の息子であるものの20歳代の頃はほぼ酒が飲めず飲んでもビール1杯程度だったが、30歳代から徐々に飲めるようになる。

性格

コントや番組上の演出以外では悪口を言わない、めったに怒らないなど、極めて温和な性格である。
番組ですべった後輩に対し、収録後に怒ったりダメ出しをしないことから「優しさの鬼」といわれており、周りが悪口や批評を言っても「でも、~は良かったよね」と必ず良いところを見つけてくるという。一方で、同じ事務所の後輩には異常に厳しいとも言われている。
番組の上で出川哲朗などに冷たく当たることもあるが、舞台裏で「バラエティとはいえ冷たく当たって本当にすまない」と謝ったことを出川に暴露されてしまった。
ウド鈴木に対しては、『ウリナリ!!』の男子シンクロ挑戦部の企画の際に、練習の集合時間に遅れたうえに何度やっても上手く出来ないウドに対して、滅多に怒らない内村が「ちゃんとやれよ!」と怒鳴り、水面を手で叩いて激怒したことがある。しかし、練習後にはウドに対して「大人気なかった」と謝罪し、「じゃ、頑張ろう!」と笑顔で帰っていったという。
以前は内向的な性格で付き合いが悪かったが、出川曰く『内村プロデュース』の頃から急に社交的になり、番組の打ち上げや芸人仲間との飲み会を楽しむようになったという。特にさまぁ〜ずなどとは定期的に飲みに行っている。
プライベートでは、街中を歩いていても周囲にほとんど気付かれない。番組の収録前なども大御所とは思えないほどオーラがなく、出演者に気付かれないこともある。
色々と悩むことはあっても最後は楽観的なところがあり、売れなかった時代や仕事が減った時期も「なんとかなる」と考えていた。

家族

2005年に徳永有美と結婚。会見で内村は「(妻は)侍のような…」と表現し、2人の関係を「運命共同体」と語った。
2009年に長女、2013年に長男が誕生。長女には甘くなってしまい、長男は色白で自分の姿を見ているようで、つい厳しくなってしまうという。
放送作家を務める従兄の内村宏幸を「あんちゃん」と呼び、慕っている。専門学校時代は、横浜の大学に通っていた彼と同居していた。

エピソード

『笑う犬』が日曜8時に移行する際に内村は、日曜8時はかつては『ダウンタウンのごっつええ感じ』の枠であったため「それなら松ちゃんに許可をもらわなきゃ」とわざわざ松本人志に連絡を取ったという。「そんなこといちいち俺に聞かなくてもいいのに」と思っていた松本は、「ウッチャンはいい子すぎる」と著書で内村を評している。また、毎年の正月には知人に電話で新年のあいさつをしているらしく、松本がラジオ番組『放送室』で、自宅の留守電に内村から新年の挨拶のメッセージが残されていたエピソードを語っている。
松本人志と仲が良く、松本の結婚式には吉本興業の関係者以外は式場のホテルに入れなかったが、松本たっての希望で出席したほど。
志村けんから「ずっとコントやったほうがいいよ」とアドバイスを受けたことが『笑う犬』に繋がるが、志村は泥酔していたので発言を覚えていなかったという。
東野幸治に対し、「笑福亭鶴瓶は憧れない」と漏らしたことを、東野が鶴瓶に告げ口してしまったことがある。内村はこれについて、「俺は冗談で言ったのよ。東野に笑って貰いたかった」としている。
『新ウンナンの気分は上々。』の企画で「バカルディ」を「さまぁ〜ず」、「海砂利水魚」を「くりぃむしちゅー」に改名させるが、それによって人生を変えてしまったことに責任を感じ、もう誰も変えようとは思わないと語っている。

芸風
憑依芸人

芸風としては、素のキャラクターよりも、あるキャラクターを演じきって笑いを取るタイプ(憑依芸人)で、素を前面に出す相方・南原とは対照的である。松本人志は内村を、「憑依芸人としてのキャラクターの引き出しが非常に多く、自分の場合は5、6パターンほどに集約されてしまうが、ウッチャンは全て確立出来ている」と評する。
芸に対する姿勢

放送作家の高須光聖は「コントが大好きな芸人をイメージしてみると、真っ先に思い浮かぶのが内村光良で、2番目が松本人志である」と述べている。また、お笑い第三世代によるコント番組ブームが1990年代後期に終息した後も、内村は『笑う犬』『爆笑レッドシアター』『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』などのコント番組を手がけ、「スタジオコント[注 8]」にこだわっている。高須光聖は、「ダウンタウンの松本人志はテレビでコントをすることを諦めた。だけど内村はいまだにコントに挑戦している。」と芸に対する姿勢を評している。

内村自身はスタジオコントについて「得意分野なので続けていきたい」「スタジオコントが一番好きなのかなと。『夢で逢えたら』とかあの空間が好きでしたね。お客さんがいなくて、スタッフの笑いを頼りにして。毎回やるたびに『俺、好きだわ』と思う」と語っている。

また、個人でのネタ披露も度々行っており、2006年には『スティング松岡 危機一髪!』内で使用する漫談のネタを試すため、所属事務所の若手芸人ライブに紛れ込んで出演した[要出典] また、2008年には『ウンナン極限ネタバトル! ザ・イロモネア 笑わせたら100万円』内のコーナー「ゴールドラッシュ」において、ピン芸人「ザ・テルヨシ」[注 9]として漫談を行い、見事3週勝ち抜いて本選出場権を獲得、同年秋の本戦に出場したが、ファイナルチャレンジ(残り1人)で敗退した[要出典]。その後、2009年春と2010年正月のスペシャルでは、ウド鈴木(ザ・ウド)と共にコンビ「ザ・テルヨシ&ウド」として出場するが、2回ともファイナルチャレンジ(残り1人)で敗退となった。しかし、2010年末のスペシャルでは本名で三村マサカズと共にコンビ「三内芸」として出場し、見事100万円を獲得した[要出典]。
アクション

持ち前の運動神経の良さで、出演したコントでは時折難度の高いアクションを演じるほか、ドラマや映画に出演した際はスタントなしでアクションシーンを演じている。

しかし、40歳を超えた頃から体力の低下が見られ、『世界の果てまでイッテQ!』の「祭りシリーズ」では、宮川大輔と手越祐也の足を引っ張ることもある。「世界で一番盛り上がるのは何祭り?SP〜丸太祭り」では、練習では一度も丸太渡りが成功しなかったため、お祭り男からの引退を考えていたが、本番では予選・準決勝と丸太渡りを成功させ、チームの優勝に貢献し引退を撤回した。また、50歳を過ぎてからもバック転や鉄棒の大車輪を成功させるなど、難度の高い技に意欲的に挑戦している。

『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』でジャッキー・チェンの映画のパロディを行い、『プロジェクトA』の時計塔からの転落など危険なシーンをスタントなしで再現した。
『ウンナン世界征服宣言』では「ギターを持って歌いながら(つまりは両手が塞がった状態で)、スキーでゲレンデを滑り降りる」コントを披露した。
映画『七人のおたく』では、スタントなしで乱闘シーンを撮影し、壁を蹴って宙返りするなどのアクションを見せた。
『ウッチャンウリウリ!ナンチャンナリナリ!!』の「役者バカデニーロさん」コーナーにて、露鳩出似郎()というロバート・デ・ニーロに似たキャラになって、階段落ちの練習を行ったのち見事に成功させている。
ドラマ『ぼくが地球を救う』では、毎回さまざまなパターンの「階段落ち」を披露。一歩間違えれば大怪我をするエスカレーターでの階段落ちも行った。
『ウリナリ!!』で行ったミュージカル『ナトゥ』では、舞台演劇史上最大級の大階段落ちに挑戦し、見事に成功させた。
コント「こける男」シリーズでは、つまづく・ぶつかる・滑る・転がる・飛ぶなど大小織り交ぜたあらゆる「こけ芸」を披露。セットを破壊しながら延々とこけ倒すのみの内容であったが、身体能力の高さを生かしたあまりに見事なこけっぷりと「痛い」リアクションに笑いとしての説得力があり、一部ではボディパフォーマンスの一種の完成型として評価する声もあった。
テレビ朝日制作のドラマ「恋人はスナイパー」では共演の水野美紀[注 10]とアクションシーンを数多く演じている。※ワイヤーアクション等もこなしている[出典無効]。
2003年『第40回新春かくし芸大会』では、「THE DRUNKEN MAN〜果てしなき家路」という演目を一人で披露。酔っ払った男が家に帰るまでにさまざまなハプニングに見舞われるというもので、ノーカットの通し撮りで体を張ったアクションを多くこなした。その際、本番中にポールで腹部を強打し肋骨にヒビが入るというアクシデントに見舞われながらも、スタッフに気づかれることなく最後まで演じきり、撮影後のスタッフを驚かせた。
『内村プロデュース』の中でもその身体能力が何度も発揮されている。
「内村vsふかわ5番勝負」の際には、当時35歳という年齢、かつスーツを着たままという格好にも関わらず50mを6秒8で走った(ふかわが6秒6台の好タイムを出したため、勝負には敗れる)。
「レガッタをプロデュース」(36歳当時)の際には、背筋力200kgを計測した。
劇団プロデョーヌの「真夏の世の夢」の公演(37歳当時)では、舞台上でバク宙を披露した。
自身が監督を行っている映画『ピーナッツ』では、スタントマンやCG合成などの技術は一切使わず、バク転や宙返りをしながらボールをキャッチするというしなやかな動きを行っている。
ドラマ『西遊記』の沙悟浄役では、非常に使うのが難しい古武術武具、釵(サイ)を使って巧みなバトルシーンを演じている。劇中宙返りもたびたび披露している。

司会

優しい雰囲気や安定感に定評がある。自分よりも共演者の持ち味を前面に押し出してフォローするスタイルで、少し埋もれているような人に焦点を当てるのが得意とされる。要所で声を張ってコント的な動きを見せる司会は劇場型とも言われる。

芸人としてはタモリ以来2人目となる『紅白歌合戦』の総合司会を務め、視聴者を体現したようなコメントや内村ならではのパフォーマンスが評判を呼んだ。
代表的なコントキャラクター
『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』のキャラクター

満腹ふとる
正しくまん丸な体型で常に何か食べている。歩く時にドスコイということが多いが動くことが難儀なので発している様子。「ブヒ…ブヒ…」と豚のような鳴き声を発し、癒し系キャラクターのような見た目に反して慇懃無礼で、小馬鹿にするような言動で相手の逆上を何度も招く。資産家の家庭に生まれた拝金主義者で何でも金で解決しようとしクラスの担任までも買収しようとしていた。元ネタは、『誰かがやらねば』の「トラブルコップ」で内村が演じた「まんぷく刑事」「食いしん坊刑事」「食べ過ぎ刑事」。全員同じ風貌で、ハンバーガーが好物[注 11]。
見た目に反して、自身をデブだとバカにした者には辛辣に厳しく、「デブっていうなー」と外見からは想像もつかぬ凄まじいスピードのカンフーアクションで相手を撃退する。苗字が違うが木村太郎[要曖昧さ回避]の息子という設定。
九州男児
唐草模様の風呂敷に包まれた荷物を背負い、熊本弁を喋る青年。登場時はシコ座りの姿勢を維持したまま、すり足移動で「どっすんどっすん。どっすんどっすん」と言いながら歩行する。そのノリで物や女性をそ知らぬ顔で持ち去ることで知られる。元は、『ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!』の「トラブルコップ」で内村が演じた「桜島土漢」「阿蘇山燃太郎」「博多どんたく」といった九州の地名を元にした刑事たち[注 12]。
後に番組中の、『知ってるつもり?!』をモチーフにしたミニ番組で、死んだものとして人生を特集されていた。司会は関口宏風の内村が演じた。また、内村プロデュースの「笑わせ王決定戦」やNHKの「LIFE!〜人生に捧げるコント〜」において、即席の九州男児が復活した。
マモー
「マモー・ミモー」も参照
やるならやらねばのコーナー「ナン魔くん」に登場した敵。ナン魔とメフィスト(名古屋章)がいろいろな格好に扮して旅をしているのだが、その敵として元ペンキ塗りの少女である手下の「ミモー」(ちはる)と共に登場。元ネタはアニメルパン三世の劇場映画第一作『ルパン三世 ルパンVS複製人間』に登場するマモーである。実はナン魔くんの父親(『スター・ウォーズ』シリーズのパロディ)。
「ちがーう!」のツッコミは尻を後ろに出し一の字を書くように右から左に両手を動かす。「世界を恐怖のズンドコに…ちがーう!!恐怖のどん底に陥れるのだ」(他に、「お裁き」を「おにぎり」、「こてんぱん」を「フライパン」、「エイリアン」が「ボヘミアン」など)といったやり取りはナン魔くんから「妖怪漫才」と称された。
またこのコントの途中でミモーとの掛け合いが定番となっており、まだお笑いとしては素人だったちはるが無茶にボケると「ちがーう!」という叫び声と共にゆっくりとつっこむスタイルを確立。これが大人気となった。また、「マモーミモー 野望のテーマ」を発売し大ヒットを記録させた。NHK「LIFE!〜人生に捧げるコント〜」にて一日復活した。
ドンナトキモ槇原
槇原敬之を模したキャラクター。当時番組内では、「パロディドラマ」が大人気であり、そのパロディ精神を代表するキャラクターといえる。槇原の歯並び・鼻の穴・口の大きさ・たれ目(たれ眉)を過剰なメイクで再現している。
このキャラクターは当時の槇原の大ヒット曲となった「どんなときも。」が気になっていた内村が、とある場所で槇原の顔を見て、「凄い面白い顔だ」と絶賛した。このコント自体は、南原とちはると神田利則がちゃんとした寸劇をした後に、ちはるが「どんなときも…」と呟いた瞬間、キーボードと共にマキハラが登場する。その際は「どんなときも。」が掛かり、そのまま適当な演奏をする。おだてられるとものすごく嬉しがる。
命 影郎
「トラブルコップ」に登場したキャラクター。かなり身体が弱く、殉職よりも病死のほうが自然だったが結局、犯人に狙撃されて死ぬ。咳込んだあと、手を見て「ヒィー」と叫ぶのがお約束。
また、妹として命 わずかという25年間男性と付き合ったことのない女性刑事が登場する。兄の死因は仲間であるブルさん(南原)にあると考え、責め立てては犯人に狙撃されて死ぬ。そして2人の弟に、命 無蔵(ないぞう)という刑事も登場する。ちなみに彼の場合は兄や姉の死を無駄にしないために自分がしっかりしようとする努力家だったが、最も体が弱く、既に寿命の蝋燭の火が消えかかっており、咳き込んだ勢いでその火を消す形で自らの命を絶ってしまった。
また、このキャラクターは、「トラブルコップ」以外のコントにも登場している。
そして番組がDVD化になった時は命影郎のお守りが付いている[注 13]。

『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』のキャラクター

ホワイティ
いわゆる、おかまである。金髪でほおは赤く、細いチョビ髭を生やしている。エルヴィス・プレスリー風の白いウェスタンファッションの服を着、服・肌・サングラス全て名前の通りホワイト・白である。常に花束を持っている。12月25日生まれでアメリカ合衆国・シカゴ州出身の日本人、昔はアイスホッケー選手であった(という設定)。本名は田中実(たなかみのる)であり、この名前で呼ばれると怒る。
「ランキングキャラクターライブ」で一人漫談を行っている。漫談の最中に「…まるで肌と肌とのぶつかり合い!!ンンッンー…ンンッンー…」と興奮し声を上げながら腰を振るアクションをするが、すぐにスポットライトをフェードアウトされてしまい慌てて謝るのがお約束だった。漫談の終了時に締めで「see you…(じゃあね)」と囁き、雰囲気を残して去る。
基本的には「ランキングキャラクターライブ」のキャラクターであったが、初登場は1996年放送の「芸能人アイスホッケー部」であり、ホワイティの出たコーナーはすぐ終わるという異名をつけられた。
キャラ投票で必ず1位になり、後にキャラクター界最強のオカマの称号を得る。
ポケビ・ブラビスペシャルバンドとして出場した年末の『紅白歌合戦』には演奏の最後で登場[注 14]。その様子を見た中居正広は「やるなぁ、ホワイティ。」と称した。応援合戦にも登場し、いいところを持っていった南原とウドに突っ込みを入れた。
「ランキングキャラクターライブ」でのあまりの好評さから、単独ライブも1997年12月(日本武道館、前座をポケビ・ブラビが担当)、2002年3月(東京国際フォーラム、ウリナリ!!最終回・ウリナリ祭り内)の計2回行われた。しかし、どちらもコーナー前に、内村はポケビのテルも担当していることから、事実上2役となり、相当つかれながらやっていたが、うまく乗り越えた[注 15]。
反町隆史が好み(1997年12月当時)。大リーガー、マーク・マグワイアに好意を持っていたこともある。
2010年1月に放送された『笑う犬2010寿』(フジテレビ)に他局ながら出演した。他局で出演していたことに気づくと、叫び声を上げながら終了した。
TERU(内村テル)
ポケットビスケッツのメンバー。語尾に「ダニ」とつけるのが特徴。70歳代という設定。元は、McKeeのメンバー選出のために使われていた居酒屋の店長で、選考に漏れた千秋を誘い、「第二のマモー・ミモー作ってやるダニ!」という一言を残し去っていったのがきっかけでポケビが誕生した。
メンバー内で衝突すると、すぐに「解散だー!」と怒鳴る。グループとして活動していないときは、喫茶店「ポケビ」のマスターとして、曲にちなんだ飲み物を提供している[注 16]。『POWER』をライブで歌うときは、白髪のカツラが落ちるほど激しく動くのがお約束である。
辞めんなマン
「ランキングキャラクターライブ」に登場。オレンジ色の全身タイツにヘルメット、マントとスカートを身に付けた風貌。モテないブラザーズ企画のピアノ練習で挫折しかけていた勝俣を内村が「辞めんな!」と励ました場面を元に、当時内村がウリナリ!!レギュラーを追放され補欠となっていた中で誕生したキャラクターである。初登場時は「補欠内村とよく似た人物が登場していますが本人は否定。また同一人物である証拠がつかめませんでした。よって放送することにいたしました。」とのテロップが流れた。
基本的にはラジカセを流しながら[注 17]登場し、何かをやめようとしている人物に「辞めんな!!」と言う。ラジカセを与えたり、ラジカセの音楽に合わせて踊ったり、「海見に行こう。」などと言って励まそうとする。内村本人も思い入れのあったキャラクターのようで、「ランキングキャラクターライブ」でホワイティと対戦となった際は絶句していた。千秋に電気アンマをしたことがある。登場テーマ曲はザ・ジャガーズのデビュー曲「君に会いたい」
アンソニー
「ランキングキャラクターライブ」内コント「王子さまお姫さま」に登場。お姫さまであるイライザを演じる千秋との息のあったやりとりが人気を博した。
ホワイティと一人二役を演じたこともある(壁を一枚隔てて右を向くとホワイティ、左を向くとアンソニー)。
ブラボー内村
南米出身。主にビビアン・スーとペアを組んで「芸能人社交ダンス部」に参加していた。他にもケディ、ジニー・リーらともペアを組んだ。「南米にはこういう諺があります!」といって、部員を励ますのが持ちネタ。ダンス部では、ブラボー内村から派生するようにスーパーブラボー内村・バロン内村・ベンチャー内村なども登場した。
バロン内村
「ランキングキャラクターライブ」に登場。名前の通り男爵っぽい格好をしている。コント内容はホワイトボードを使った言葉遊びである。「なのね」という口調が特徴で、病弱。ブラボー内村の代わりに数回、「芸能人社交ダンス部」にも参加している。「あのね、埼玉あたりで受けたんだけどね」など手品を披露している。『ウリナリ!!』では最終編で千秋演じる婚約者と感動の再会後、イギリスへ帰っていった。

『笑う犬』のキャラクター

ミル姉さん
「乳」の墨筆画をバックにムーディーなBGMと共に煙草をくわえながらアンニュイな桃井かおり風のしゃべり方をする、巨乳の雌牛という設定。音楽のDJの後、映画解説を行う。コントの最終回で共演した桃井からも「似てるわ〜」と賞賛された[注 18]。またキャラ設定に学生時代に見た映画に主演していた桃井のイメージを使用したことを番組中に桃井の前で自白。
『笑う犬』終了後は演じられることはなかったが、2008年には、『初詣!爆笑ヒットパレード』・『爆笑レッドカーペット3時間スペシャル』・『笑う犬2008秋』で、立て続けに出演した。現在の着ぐるみは二代目で、以前のものは既に処分されている。『初詣!爆笑ヒットパレード』で着用した新しい着ぐるみは、乳が以前より大きく作られ、足を組もうとすると乳が当たり、組む事が出来なくなってしまった。またタレント深田恭子自身が熱心なミル姉ファンだと番組で自ら告白している。
大嵐浩太郎
大物時代劇俳優をマネて茶化したキャラクター。時代劇を中心に活動する大御所で、格としては最上級で大物風を吹かせており、常にマネジャー兼夫人と大所帯のスタッフを引き連れている。
芸風を広げるためとしてミュージカルやドラマなどに出演しようとするが、この方がいいんじゃないかと発するその一言通りに演出や脚本が一変され、(時代劇の殺陣風の)自己中心に自分だけの世界へと染め上げてしまう。その理不尽さに振り回される他の出演者との対比が、コントの特徴である。
あまりの自己中心の振る舞いに共演してくれる役者がいなくなり、主役や脇役だけでなく町娘や死体まで自分という『独り忠臣蔵』や『独り水戸黄門』を演じることに。
歌を歌うが音痴で、途中から口パクになることも多々。「まいていこう[注 19]」と書かれた扇子を常に持ち歩いているが、その妨害となっているのは自分自身というオチ。
モデルの俳優と同じく、一人娘が外国人と結婚してしまったという設定。モデルにしている大御所俳優から怒られるのでは、とコント中にも笑いながらこぼしていた。
小須田部長
詳細は「小須田部長」を参照
黄色い耳当てをつけている中年サラリーマン。北海道の豪雪地帯、ニューヨークのスラム、犯罪多発地帯や東南アジアの未開部族社会など様々な僻地に転任させられ、地球的規模で飛ばされまわっている。その度ごとに現地の習慣風俗を受け入れ、会社への哀しき忠誠心で苦難を乗り越えて行く。転任するごとに役職名が変化し最後に地球の危機を救うために命を捧げた。フジテレビ某プロデューサーがモデル。
てる
コント「てるとたいぞう」の主人公。元は刑事だが、同僚の刑事たいぞう(原田泰造)と捜査を共にする内にホモであることを自覚し、犯人捜査の途中の事故によるたいぞうの殉職(死亡)以降、たいぞうの弟である後任の刑事たいしろう(原田泰造)とも殉職で死別[注 20]。刑事を辞め、その後もたいぞうそっくりのキャラクターに出会い続け、波乱流転の人生を歩むという不運なキャラクター。
たいぞう、たいぞうの弟たいしろう、たいぞうの叔父たいのしん、地方の漁師たいきち(全て原田泰造)など、たいぞうそっくりの人物に必ず出くわす。境遇も刑事を辞めた後、地方に隠遁生活し和服姿のゲイバーのママ(名倉潤)との同棲生活では無精ヒゲを生やし人生に疲れ切っている。ママ(名倉)の殺傷事件の責任の肩代わりをし、電車で逃亡後、地方の漁港の漁師に落ち着く。息をつく暇もなく、てるの人生を巡ってしつこく纏わり付くたいぞうのキャラクターが特徴。
葉山先輩
「一度きりの夏、21の夏。」を大事にしている28歳。長髪に髭を生やし、煙草を吸う姿はどう見ても恋愛巧者だが、実は童貞。後日談のコント「葉山先輩は今」では、48歳でも全く変わらない姿で登場した。
マサシゲ
誰にでもベラベラ話しかけるいわゆる今時の若者。出っ歯。最近すごく好きだった彼女にふられたらしい。市役所や病院でそうとうけむたがれている。
ハンサム侍
『笑う犬』のコントで配役を決めるアンケートをとった際、「奈良の竪琴」の水島以来2度目の◎をつけたキャラクターだったらしい。タイトルにはいつも「これは内村光良が気持ちよくなるための物語である。」と表記されていた。
水野講師
コント「ドッグ電器」で新入社員を鬼のように鍛える講師。後に支店長に就任する。生徒にあだ名をつけ、特に南原に対しては、「でこぼこ」「ゴルフボール」「クレーター野郎」「からあげクン」「バレンシアオレンジ」など言いたい放題であった。これはアドリブであったようで、南原はかなり動揺していた。石田(原田泰造)に贔屓をするホモ。元ネタは『フルメタル・ジャケット』と『戦場のメリークリスマス』。
玉木しげる
コント「10円」に登場。玉川上水で入水自殺未遂後、新宿でホストを経験、貢いでいた女性に子供をはらませ、逃げるように北海道へ移住した。現在TTI通信という金融会社に勤務。行く先々で兄弟や親、太宰治に間違えられるが、本人もまんざらではない態度をとる。驚くと「まじで」や「まさか」などを言おうとするも、口は動くが声は出なくなる。このコントの中では、なぜか内村はセリフを間違えることが多かった。
ミスターアンニュイ
渡部篤郎の特徴的な演技をパロディー化したキャラクター。
ウーチー
ゲームコーナー「機関車ナーマス」に登場。元になったキャラクターはゴードン。信号確認ゲームというゲームで南原・ネプチューンと対決するが、単純な色(黒や白など)で間違うことが多く、罰ゲーム(からしトラックに衝突)を食らうことが多かった。
ハムどん
上記の「機関車ナーマス」のリニューアル版「ニコニコプンスカハムえもん」に登場。元になったキャラクターはこうしくんとメガネくん。やはり罰ゲームを食らうことが多かったが、徐々に上達し、なんとベージュ3つを答えられたことがある。ただし、アイボリー、小豆色には答えられず、爆笑してしまった(そもそも原田と内村はこのゲームが苦手な上に、スタッフからの嫌がらせのような出題が多かった)。

『夢で逢えたら』のキャラクター

ムラさん
本名、村三吉。初老の男で、慇懃な態度だがずるがしこく金に汚い。自称労務者。ピストルなど武器を持てば、武器で脅しその小さな仲間内で必ず主導権を得ようとする権力欲の塊。たいてい最後にはひどい目に合わされる。ちなみに先祖の村二吉役で内村宏幸が登場している。

『THE THREE THEATER』『爆笑レッドシアター』のキャラクター

コントのキャラクター

ナカムラ
THE THREE THEATERのユニットコント「ビジュアル系バンド@レストラン」に出てくるキャラクター。シュウヘイ(我が家・坪倉)、アキラ(ジャルジャル・福徳)、ユージ(ジャルジャル・後藤)、タク(しずる・村上)とともにバンドを組んでいるが一人だけ浮いている。浮いている理由として、年がみんなよりも20歳ほど上である。それにみんなの名前は下の名前なのに一人だけ苗字のナカムラであること。そして担当楽器がサイドギターであることが挙げられる。髪型が特徴的でスザンヌに「あのカツラどこにあったんですか?」と聞かれると、「楽屋に入ったら置いてあった。」と答えた。
ハワイ詩人
コント「路上詩人@ハワイ」に登場。路上詩人として演じているロッチ・中岡の父親役として登場。最後の部分だけ息がぴったり、笑ってしまうほど怒られたなどが理由で、中岡の弟役のロッチ・コカドに中岡とともにツッコまれる。
ミルフィーユ
ユニットコント『劇団ジョセフィーヌ』のはんにゃ・金田が演じるジョセフィーヌのライバルとして登場した。ジョセフィーヌが関西弁でしゃべるのに対し、ミルフィーユは博多弁でしゃべる。『イケメン部』か『劇団ジョセフィーヌ』のどちらかに出て下さいとスタッフからオファーがあり、『イケメン部』は事務所の後輩の狩野英孝がいるためか「ケガをするから嫌だ!」と断ったので、『劇団ジョセフィーヌ』に参加することになったと本人はコメントしている。衣装も何パターンか考えていてすごく迷ったとのこと(その様子をフルーツポンチ・亘が目撃していた)。内村のスイーツのイメージは「ショートケーキ」で止まっており、「ミルフィーユ」がイメージ出来なかったため、ショートケーキから連想されるイチゴの飾りを付けていた。
小柳
ネコ耳の被り物を着けた、謎のおじさん。ユニットコント「悪魔と天使と小柳」シリーズ[注 21]に登場する。「悪魔と天使と小柳@グラウンド」[注 22]で初登場。
天使と悪魔で十分なのに、なぜ彼が入っているのかと言うと「ニーズに合わせて選択肢が多いほうが良い」という理由で入れた。一番年上なので、三人組のリーダーである。
内村本人いわく「福徳のツッコミを受けることができて嬉しかった。」「ああいう(台本にはないアドリブが出来る)のが大好き。」とコメントしている。
一番苦労したのは、第1弾:「悪魔と天使と小柳@グラウンド」の最後のPerfumeのまねであることも明かした。理由は、村上のみがリズムがずれてしまって、ポーズがおかしくなっているためである。
第2弾:「天使と悪魔と小柳@雪山」でも前回と同じようにジャルジャル・福徳演じる高校生に「一番いらないのはお前だ」とツっこまれてしまう。最後は、第1弾と同じPerfumeで締めくくっている。第2弾放送時では、小柳はすごく楽だけど、我が家・谷田部の人気に追いつけ追い越せの気持ちでやったとコメントした。
タイムトラベラー サネアツ
戦国時代から現代にタイムトラベルして来た武士。秀吉の首を狙っている。戦国時代の人間であるため、現代のことについては勿論知らない(コントの舞台であるファーストフード店や「空気を読む」と言う言葉を知らない)。最後に柳原演じる客の女子に恋をする。本人いわく着替えに20分かかるため大変だったとコメントしている。

コーナーのキャラクター

出前の人
『THE THREE THEATER』のキャラクター。弁当やそばを出前するが自己中心的な理由で出演者が頼んだものと違うものを持ってくる。そのため色々注意されてしまうが、最後には出演者に説教をする。例えば、しずる・池田には「困ったときに顔で落とすのはやめなさい」やフルーツポンチ・亘には「祟るぞ」と言った。
テレ朝の人間
『THE THREE THEATER』のキャラクター。出演者の控え室に入っては出演者のことを持ち上げているが、実はテレビ朝日のスパイである。例えば、我が家に対しては「面白い。『言わせねーよ。』って今日やるの?期待してるから。」、しずるに対しては「フジテレビから出すなって周りが言ってたよ。」、柳原可奈子には「人間観察の女王」、狩野英孝には「マセキの一番星!もう出川抜いてるよ。」、ロッチに対しては最初は知らんぷりしたが、後に「こないだはゴメン。忘れてた。」と最初は謝り、「最近、急成長してるよね。みんながやってるよ。『UFOどこ』って。」と褒め言葉を言う。そして出演者が全員そろった時は「上に行くんだってね。もう元祖爆笑王が言いまくってたよ。」とみんなに言った。最後に、元祖爆笑王が唯一の親友であることを明かした。
マネージャー
『THE THREE THEATER』のキャラクター。大変頼りないためいつも出演者に迷惑ばかりかけているマネージャー。例えば、はんにゃ・金田に明日のスケジュールが「入浴」と言ったが、実は「ニューヨーク」だったと謝る、フルーツポンチ・村上にドラマの主演のオファーが来るも、「お笑いに集中させたい。」ということが理由で断る、ジャルジャルにバラエティ番組のメインとして出演してほしいとオファーが来るも、まだ先の話なので「また今度電話をかけます。」と折角の東京進出のチャンスなのに断る、などがある。
フリーライター
『THE THREE THEATER』のキャラクター。出演者の取材をするも、出演者のネタを見たことがない、出演者のグループ名は知っているが個人名は知らないなど色々な意味で困らせている。我が家の場合は「三人の名前の最初の文字をとって名づけたのですか?」と質問したり、はんにゃ・フルーツポンチの取材では金田と村上の写真撮影はするもそれぞれの相方である川島・亘の写真は撮影しない、狩野英孝に対しては一切取材をしないなどの対応を取っている。
キリハラミナコ
『THE THREE THEATER』のキャラクター。ドラマのプロデューサーで、柳原可奈子とはんにゃの金田哲がお気に入り。しかし、柳原のネタは見たことがあまりない。
店主
最後の「赤劇場」のコーナーで登場。レギュラー芸人の悩みを聞いてくれる。しかしたまに、悩みを打ち明ける側に説教をすることがある。
杉下ウッ京
『相棒』に登場する杉下右京のパロディキャラ。被害者柳原の証言を元に、亀山役の坪倉とともに、4人の容疑者の中から犯人を当てる。犯人はモノボケをして一番面白くなかった者が連行される。内村は杉下右京の特徴的な言動や行動を細かく真似ているが、坪倉は特に真似るような事は行っておらず、亀山が着ているのと似たジャケットを着ているのみ。2009年12月16日放送から、坪倉に代わり福徳が神戸役として、ともに解決している。福徳も坪倉と同じように特に真似るようなことはしておらず、神戸が着ているのと似た衣装を着ているのみである。

『LIFE!〜人生に捧げるコント〜 』のキャラクター

宇宙人総理
名前は小暮井康夫。地球人らしからぬ外見や言動に対して「総理は本当に地球人なのか?」と野党側から毎回追及される。「私は地球人です」と主張するが、言い逃れが出来なくなると音波を発したり、指から光線を発したりして、相手を黙らせる。宇宙規模の移民政策を掲げ衆議院を解散。連続ドラマ仕立てのコントとして、政見放送や「朝まで生テレビ!」のパロディ、街頭演説のロケなど様々な試みが行われた。
三津谷寛治
コント「NHKなんで」のキャラクター。NHK勤続40年、ゼネラル・エグゼクティブ・プレミアム・ディレクター兼LIFE!スーパーアドバイザーの肩書きを持つ。NHKのバラエティ番組の収録現場に現れ、出演者達にNHKらしい固い演出を指示する。口癖は「NHKなんで」。
増田彦介
コント「○○の壁」のキャラクター。毎回壁を突き破って登場する。
土橋竜夫
コント「モグラに育てられた男」のキャラクター。
望月くん
コント「山倉くんと望月くん」のキャラクター。何かあると、はい100万円といって100万円わたすが、同期の山倉くんだけには渡さない。
スポーツ番長
コント「スポーツ番長」のキャラクター。スポーツ部に所属。
無敵の男
コント「無敵の男」のキャラクター。ハードなアクションシーンが多い。

音楽活動

番組の企画でCDをいくつか発売している。

デビューシングルは『マモー・ミモー野望のテーマ 〜情熱の嵐〜』(1991年5月21日発売、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』発、ちはるとのデュエット曲、ポニーキャニオン)。オリコン初登場2位。
北神田三朗・鬼ヶ島三十郎「涙の停車場」(1992年10月7日発売、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』発、ポニーキャニオン)
UN’z「風を受け走る君には怖いものは何もない」(1994年6月1日発売、『ゲッパチ!UN アワーありがとやんした!?』での企画デュオ。内村と南原の2人がB’z風のいでたちをする、ファンハウス)
ポケットビスケッツ(1995年10月-2000年3月、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』発、東芝EMI)
ブラックビスケッツと共に『NHK紅白歌合戦』に出場した。
「YELLOW YELLOW HAPPY」「Red Angel」などミリオンを超える大ヒット曲にもかかわっている。
ウルトラキャッツ(2001年-2002年9月、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』発、Sony Records)
黒幕&愛人(2001年、ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」発、Sony Records)
ウリナリオールスターズ「HAPPY X’mas 〜War is over」(1999年2月17日発売、東芝EMI)
NO PLAN(2003年12月-2006年1月、『内村プロデュース』発、キューンレコード)
番組内企画で『メンバーの中で最も音痴』とされ、一時期NO PLANを脱退させられていた。
キリンレモンサワー(2017)
植木等の「ドント節」の替え歌。

楽曲提供

北条頼子(清野菜名)「私のサンクチュアリ」(2016年) – 作詞・作曲、映画『金メダル男』で清野演じる北条頼子が歌う曲

映画製作

若い頃から映画マニアであり映画監督を目指していたが、自ら脚本を書き下ろした『ピーナッツ』で映画監督デビューとなった。

ピーナッツ(2006年1月28日公開) – 監督・脚本・主演
ボクたちの交換日記(2013年3月23日公開) – 監督・脚本
金メダル男(2016年10月22日公開) – 原作・監督・脚本・主演 ※ 知念侑李とダブル主演

出演
テレビ番組
現在の出演番組

コンビとしての出演番組はウッチャンナンチャンの記事を参照。

レギュラー

世界の果てまでイッテQ!(2007年2月4日 – 、日本テレビ)
スクール革命!(2009年4月5日 – 、日本テレビ)
内村さまぁ〜ず(2006年11月 – インターネット配信中、ミランカ → E!TV内さま.com / 2009年4月2日 – 、TOKYO MXほか)
痛快TV スカッとジャパン(2014年10月20日 – 、フジテレビ)
そろそろにちようチャップリン(2018年10月6日 – 、テレビ東京)
THE突破ファイル(2018年10月25日 – 、日本テレビ)

スペシャル番組

うわっ!ダマされた大賞(日本テレビ)
笑神様は突然に… (日本テレビ)
内村カメラ(日本テレビ)
LIFE!〜人生に捧げるコント〜(NHK総合)
初対面トークショー!! 内村カレンの相席どうですか(フジテレビ)
世間のナマ声 飛び込み調査 キキコミ!(毎日放送)
内村&さまぁ〜ずの初出しトークバラエティ 笑いダネ(日本テレビ、2018年8月5日・2019年3月17日)さまぁ〜ずと共にMC

過去の出演番組

コンビでの出演はウッチャンナンチャンの項目を参照。

レギュラー

USO (1995年4月 – 9月、テレビ朝日)
内村プロデュース(2000年4月 – 2005年9月、テレビ朝日)
やしがにのウインク(2002年4月 – 9月、フジテレビ)
ウルトラ(2002年4月 – 9月、TBS)
ワールド☆レコーズ (2004年4月 – 2005年3月、日本テレビ)
クイズ発見バラエティー イッテQ! 2005年10月 – 2006年3月(日本テレビ)
理由ある太郎(2008年4月 – 9月、フジテレビ)
THE THREE THEATER (2008年10月14日 – 2009年3月17日、フジテレビ)
爆笑レッドシアター(2009年4月15日 – 2010年9月8日、フジテレビ)
爆笑ドッキリ検証 イメ×ドキ(2010年8月14日 – 10月2日、日本テレビ)
LIFE!〜人生に捧げるコント〜
NHK BSプレミアム版(2012年9月1日 – 12月22日、NHK BSプレミアム)
series-1(2013年6月18日 – 2014年3月18日、NHK総合)
series-2(2014年4月3日 – 9月25日、NHK総合)
series-3(2015年4月2日 – 9月24日、NHK総合)
series-4(2016年4月7日 – 2017年3月9日、NHK総合)
ハッピーエンド(2012年10月17日 – 2013年3月26日、TBS)
内村とザワつく夜(2013年4月18日 – 2014年9月9日、TBS)
そうだ旅(どっか)に行こう。(2012年4月2日 - 2015年9月15日、テレビ東京)
笑神様は突然に…(2013年4月19日 – 2015年9月18日、日本テレビ)
トリックハンター(2014年7月23日 – 2016年8月17日、日本テレビ)
こそこそチャップリン(2015年4月2日 – 2016年3月27日、テレビ東京)
優しい人なら解ける クイズやさしいね(2015年11月3日 – 2017年3月21日、フジテレビ)
じわじわチャップリン(2016年4月2日 – 2017年3月25日、テレビ東京)
内村てらす(2016年1月22日 – 2018年3月30日、日本テレビ)
にちようチャップリン(2017年4月9日 – 2018年9月23日、テレビ東京)

スペシャル番組

天国か地獄か?不幸家族対抗・はじめてのしあわせ海外旅行(1998年6月、フジテレビ)
ウッチャンの今度これやってみよう!(2004年2月1日、フジテレビ)
内村ディレクション 7Days(2004年7月4日、フジテレビ)
ウチムラ7(2004年9月28日、フジテレビ)
ウチムラSkit(2004年12月28日、フジテレビ)
オールスター大集合!一発勝負で賞金ゲット!イライラゲームランド(2006年9月5日、フジテレビ)
怪答紳士 (2007年2月10日、日本テレビ)
2007 史上最大のスポーツ大感謝FESTIVAL(2007年12月25日、TBS)
お笑いDynamite!(2007年12月28日・12月29日・2008年12月28日・12月29日・2009年5月3日・12月29日・2011年1月3日・12月29日、TBS)
理由ある太郎(2008年1月1日、フジテレビ)
ウチムラセブン 〜内村と7組の芸人たち! (2008年1月2日、TBS)
内村・田中の知られざるハウツー世界正しい空の飛び方(2009年10月9日、フジテレビ)
爆笑ドッキリ検証 イメ×ドキ(2010年3月29日・10月13日、日本テレビ)
タベテ100(2010年9月25日、日本テレビ)
内村不動産(2011年4月5日・11月10日、TBS)
テンションあげまSHOW(2011年8月28日、フジテレビ)
内村TBS(2011年10月15日・2012年1月3日・3月29日、TBS)
見破れ!!トリックハンター(2011年10月21日・2012年1月27日・9月17日・12月17日・2013年4月1日・9月23日・2014年5月4日、日本テレビ)
そうだ旅(どっか)に行こう。(2011年12月24日、テレビ東京)
内村コメディハウス(2011年12月27日、TBS)
むちゃぶりカジノ(2012年1月2日、テレビ朝日)
内村写真部(2012年1月20日配信開始、BeeTV)
ハッピーエンド(2012年5月13日、TBS)
笑神様は突然に…(2012年7月28日、日本テレビ)
芸能界!日本語王トーナメントボキャブ☆ラリー(2012年9月2日、朝日放送)
ONE AND ONLY THE LIVE!! (2012年9月28日、フジテレビ)
内村オフモード(2013年1月4日・4月2日、TBS)
ドリームデュエット(2014年7月5日、TBS)
6人の村人!全員集合(2014年8月20日、TBS)
うぷ村(2015年7月8日、TBS)
内村光良も衝撃!全国民の流行を爆笑体験!「み〜んな、やってますヨ!」(2016年1月30日、テレビ東京)
FNS27時間テレビフェスティバル!(2016年7月23日・24日、フジテレビ) – MCリレー
UWASAのネタ(2017年6月21日・2018年1月6日、日本テレビ)
全国小学生No.1超頭脳決定戦!(2017年9月5日、TBS)
内村と坂上の21世紀職人!!(2017年9月13日、フジテレビ)
内村五輪宣言!(NHK総合)
TOKYO2020 開幕1000日前スペシャル(2017年10月28日)
TOKYO2020 開幕2年前スペシャル(2018年7月24日)
日本一なら出来るかな!?(2018年4月8日、日本テレビ)
THE突破ファイル〜驚きの発想が生んだ突破劇〜(2018年5月13日、日本テレビ)
総決算!平成紅白歌合戦(2019年4月29日、NHK総合)
世界76億人に発信!内村のツボる動画大賞(2019年7月9日、テレビ東京)
怒られ履歴書(2019年10月9日、フジテレビ)

その他

第68回NHK紅白歌合戦(2017年12月31日、NHK総合)- 総合司会
第69回NHK紅白歌合戦(2018年12月31日、NHK総合)- 総合司会
第70回NHK紅白歌合戦(2019年12月31日、NHK総合) – 総合司会(予定)

ラジオ番組

内村さまぁ〜ずのオールナイトニッポンGOLD(2015年9月11日、ニッポン放送)
内村光良のオールナイトニッポン(2019年5月7日、ニッポン放送)

テレビドラマ

仰げば尊し 第1話『2年C組の奇跡』(1994年1月、フジテレビ)
ザ・ワイドショー(1994年1月 – 3月、日本テレビ)
君といた夏(1994年7月 – 9月、フジテレビ)- 松原輝文 役
松田のドラマ(1996年、日本テレビ) – 監督・脚本
生かし屋という男(1997年、テレビ朝日) – 監督・脚本・主演
ベストパートナー(1997年10月 – 12月 TBS) – 主演
世にも奇妙な物語 春の特別編『そして、くりかえす』(1998年4月、フジテレビ) – 主演
彼女との時代(1998年、テレビ朝日) – 監督・脚本
バスストップ(2000年7月 – 9月、フジテレビ) – 主演:宮前武蔵 役
恋人はスナイパー(2001年10月11日、テレビ朝日) – 主演
ぼくが地球を救う(2002年7月 – 9月、TBS) – 主演
恋人はスナイパー EPISODE2 (2002年12月24日、テレビ朝日) – 主演
はぐれ刑事純情派 第16シリーズ 第3話『赤ちゃんが消えた!?人殺しと呼ばれた父』(2003年4月16日、テレビ朝日) – 記者役
テーマソングス 第1話『黄色い風船』(2004年3月30日、フジテレビ) – 主演
西遊記(2006年1月9日 – 3月、フジテレビ) – 沙悟浄 役
スティング松岡 危機一髪! (2006年12月、フジテレビ) – 企画・主演
ドラマW「結婚詐欺師」(2007年11月、WOWOW) – 主演
一瞬の風になれ(2008年2月25日 – 2月28日、フジテレビ) – 三輪先生 役
こちら葛飾区亀有公園前派出所 第7話(2009年9月19日、TBS) – 本田速人 役
ボクの妻と結婚してください。(2015年5月10日 – BSプレミアム) – 主演・三村修治 役
コンフィデンスマンJP 第6話(2018年5月14日、フジテレビ) – 斑井満 役
連続テレビ小説 なつぞら(2019年4月1日 – 9月28日、NHK) – なつの父 役/語り

テレビアニメ

サザエさん(2016年7月24日、フジテレビ) – 本人役
忍たま乱太郎(2018年12月19日、Eテレ) – 右左ヱ門 役

出演映画

ボクの女に手を出すな(1986年12月13日公開)ナンチャンと出演
七人のおたく(ウッチャンナンチャン主演、1992年12月19日公開) – 近藤みのる 役、『日本アカデミー賞』新人俳優賞
ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説(大森一樹監督、2000年公開) – ウリナリメンバーと端役で登場
木更津キャッツアイ 日本シリーズ(2003年11月公開) – 村田ジョージ 役
ゼブラーマン(2004年2月14日公開) – 一本木 役
恋人はスナイパー 劇場版(2004年4月17日公開) – 演出協力・主演:王凱歌 役
クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ(2004年4月17日公開) – NO PLAN本人役の声優
サヨナラCOLOR(2005年8月公開) – 前田元彦 役
ピーナッツ(2006年1月28日公開) – 監督・脚本・主演:秋吉光一 役
西遊記(2007年7月14日公開) – 沙悟浄 役
内村さまぁ〜ず THE MOVIE エンジェル(2015年9月11日公開) – 内山次郎 役
金メダル男(2016年10月22日公開) – 原作・監督・脚本・主演:秋田泉一 役

吹き替え

マーヴェリック – 夫人役 ※『金曜ロードショー』(日本テレビ)版
SING/シング(2017年3月17日公開、日本語吹替版) – バスター・ムーン 役

舞台・ライブ

ハンブン東京(2007年11月16日 – 18日、サンシャイン劇場) – 作・演出・出演
子どもさんかん日(2008年11月26日 – 30日、東京芸術劇場中ホール)
エルダーソルジャーズ(2009年、東京グローブ座)
内村光良一人舞台『東京オリンピック生まれの男』(2011年7月7日(木) – 7月10日(日)、サンシャイン劇場[注 23]) – 作・主演
ボクの妻と結婚してください。(2014年2月27日 – 3月2日、天王洲 銀河劇場) – – 主演・三村修治 役
第16回東京03単独公演「あるがままの君でいないで」(2014年9月21日、東京・草月ホール)[注 24]
東京2/3(2017年5月10日 – 14日、サンシャイン劇場) – 作・出演
内村文化祭 ’17秋空(2017年10月29日・30日、草月ホール)
内村文化祭 ’18灼熱(2018年8月15日・16日、浅草公会堂)
内村文化祭 ’19三茶(2019年8月28日・29日、昭和女子大学人見記念講堂)

ミュージックビデオ

桑田佳祐
「白い恋人達」

「君への手紙」(2016年)

FUNKY MONKEY BABYS「サヨナラじゃない」

広告

日本コカ・コーラ「烏龍茶・煌」(2000年)
ライオン「グロンサン 強力内服液」(2006年)
マイナビ「マイナビ2017」(2016年)
キリンビール「淡麗プラチナダブル」(2016年)
桑田佳祐シングル「君への手紙」(2016年)
サントリースピリッツ「明日のレモンサワー」(2017年)
ソフトバンク「私立スマホ中学」(2018年) – 動画コンテンツ
花王「リセッシュ除菌EX」(2018年 – 2019年)
PERSOL「日本の人事部長PERSOL」(2019年)

著書

小説

アキオが走る(角川書店、1996年3月、ISBN 978-4-04-872928-4)

内村の自伝的小説。『月刊カドカワ』1993年8月号に中学思春期編が、1994年12月から高校時代編が掲載された。

されど草野球 〜あれから10年〜(角川書店、秋吉光一著[注 25]、2006年1月、ISBN 978-4-04-873672-5)

映画「ピーナッツ」のノベライズ。

金メダル男(中公文庫、2016年6月23日、ISBN 978-4-12-206263-4)

読売新聞夕刊に連載(2016年4月1日 – 2016年6月)後、文庫化

ふたたび蝉の声(小学館、2019年3月1日、ISBN 978-4-09-386535-7)

初の書き下ろし長編小説。